普段クラシックを聴かない方でも冒頭「プロムナード」の旋律は聴いたことがあると思います。演奏会のプログラムでも度々取り上げられ、映画・CMなどでも何度となく使われている人気曲であり名曲です。作曲したのはロシアの作曲家ムソルグスキー。あまりにも有名な曲ですから「何をいまさら…」と思われるかもしれませんが、実はあまり知られていない秘密が隠されているのです。是非お付き合い下さい。

「ムソルグスキー作曲」とはいうものの、少々事情が複雑なこの曲。恐らく多くの方は、「展覧会の絵」は華やかで荘厳なオーケストラ曲という印象をお持ちではないかと思います。確かに、CDショップの店頭でも「展覧会の絵」のコーナーにはオーケストラ版がズラリと並んでいますし、映画やCMのBGMで使われるのも十中八九オーケストラ版です。でも実はこの曲、もともとはピアノ独奏曲集だったのです。

ムソルグスキーがこの曲を作曲したのは1870年、彼が31歳の時。当時最も厚い信頼を寄せていた友人の画家・建築家ヴィクトル・アレクサンドロヴィチ・ガルトマンの遺作展でインスピレーションを得て僅か数週間で書き上げたといわれています。
「おやっ?」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。そう、皆さんが聴き慣れた華麗なオーケストラ版から想像する光景は、ルーブルやエルミタージュあるいはオルセーといった壮麗な大美術館ではないでしょうか…でも、実際には、ガルトマンの友人たちが小さな公共スペースでひっそりと開いた身内の遺作展というおよそオーケストラ版からは想像できないような場から生まれたのです。これはかなり謎、きっと何かありそうです。
ムソルグスキーは、会場の情景よりも展示されていたガルトマンの作品そのものからインスピレーションを得たことは明らかです。有名なあの旋律はあくまでも「プロムナード」つまり次の作品への移動を表現するもので、本来の曲のテーマはそれぞれの作品なのですから…
長い間、曲の主題となったガルトマンの作品は行方不明でした。終曲「キエフの大門」などについては以前から該当する絵が判明していたのですが、それ以外はモチーフとなった作品すら不明という状況。それらが全て判明したのはつい最近のことです。そして、その作品はオーケストラ版の色彩からは想像できないような暗く陰鬱な作品だったのです。ますます謎は深まります…

ここで謎解きをしましょう。実は皆さんが聴きなれているオーケストラ版はムソルグスキーによるものではありません。今日、CDや演奏会で演奏されているオーケストラ版はフランスの大作曲家ラヴェルの手によるものです。オーケストレーションの天才ラヴェルは、ムソルグスキーのピアノ譜が持つロシア的な旋律な美しさに感銘を受け、そこから壮大な物語を創造して現在の「展覧会の絵」を創り上げたと言われています。完成した「”新生”展覧会の絵」は、もはや別の曲といってもよい壮大な管弦楽組曲となったわけです。つまり、これまで皆さんがお聴きになっていた「展覧会の絵」は、元々のテーマとなったガルトマンの作品からは切り離された「別作品」だったのです。

既に自身の生活も困窮し、アルコール依存が徐々に深刻さを増していたムソルグスキー。出口の見えない暗い迷路の中で徐々に正気を失っていく彼自身の姿を、亡き友の遺作に投影し更に狂気の淵へと落ちていく様を恐ろしいまでに傍観者の視点で描き出した彼自身によるピアノ版が、やがて彼の才能を見ぬいた天才ラヴェルによってクラシックを代表する華やかな有名曲へと昇華していくのです。そう思うと、もしこの時代に自身の作品を広くかつリアルタイムに発信できるFacebookのようなツール&ソーシャルコミュニティが存在していたら、この作品はどうなっていたのだろうか、と「タラレバ」な想像をついつい巡らしてしまったりもします・・・

「展覧会の絵」といえば色彩と威厳に満ちた華やかな曲、ルーブルやエルミタージュのような壮麗な美術館を優雅に巡るさまを描いた曲、そう思っていた方、是非一度ムソルグスキーの心の叫びに直接触れることができるピアノ版を聴いてみてください。そして、現代の社会で起こっている様々な事柄と照らし合わせてみてはいかがでしょうか?

ムソルグスキー 「展覧会の絵」(ピアノ独奏版) お薦めの名盤
ピアノ:イーヴォ・ポゴレリチ